
佐賀出身の人気漫画家、田中むねよしによる「佐賀の昭和レトロ」な水彩画原画展。
子供の頃に見た昭和の温かみある日常が、絵を通して鮮やかによみがえります。
懐かしい風景や家族と過ごした時間を素朴なタッチで描いた「色褪せない昭和の佐賀」をお楽しみください。
昭和の佐賀市内など約30点の水彩画、図録、カレンダー、ポストカード等を展示・販売いたします。
作品紹介(作者のコメント)

お堀のボート
佐賀市民に愛された「お堀のボート」。作者も小学六年生(1976年)のころ乗ったことがあります。この場所は中央公園だったのですが、1977年の春に現在の駐車場になりました(そのときいまの駐車場へのゲート路もできました)。その際、ボート乗り場はかろうじて命脈を保ちましたが、利用客の減少を理由に1998年(平成10年)に閉鎖されました。’60〜’70年代はラインがはいった木製ボートでしたが、晩年は白い樹脂製になった模様です。

中央大通りのアーケード
昭和の「中央大通り」はいま以上に賑わっていました。1959年にアーケードが設えられたときには、まだ土橋より南側は通じていませんでした。
1964年に日祐が開業し、1965年8月に土橋以南が開通。同年12月に佐賀玉屋が移転したことで現在のかたちが完成したといえます。昭和42年11月5日の佐賀新聞は、段階で舗装は佐賀駅ロータリーから佐賀銀行本店までの174m(あと日通佐賀支店までの24m)であり、遅々として進まない舗装化を嘆いていました。
この絵は昭和41年に撤去される「グリコの広告塔」が描かれていますので土橋以南開通前後ということにしましょう。このアーケードも、老朽化などの理由から1986年に撤去されました。

東佐賀駅の跨道橋
東佐賀駅〜“貫通道路”国道旧34号線を横断する旧佐賀線の名物駅でした。この周辺は過去自動車に関する販社などが多く、嘉瀬町に自動車関係の会社が集中する前は佐賀のモールタウンになり得たのではとも思わせる町でした。作画にあたって、高架の色味がわからずSNSに問いかけましたところ赤系と緑系に意見が分かれてより悩ましくなりました(近隣の方の証言と作者の記憶、加えて絵の「映え」から「赤系説」をとりましたが、緑系に塗られた時期があったのではと証言を集めているところです)。

片田江の歩道橋
片田江歩道橋は佐賀県最初の歩道橋として1971年4月に渡り初めが行われました。この年近辺は第二次ベビーブームの始まりとされ、人口増や学童の増加、自家用車増による事故増加を考えると当然の設置と思えたものです。特にこの片田江は規模といい、佐賀県内でも屈指と思えましたが、老朽化や少子高齢化、災害時の危険性などから全国で歩道橋を見直す風潮が起こり、1999年(平成11年)に撤去されました。ちなみに、ちらりと見切れているスーパー「トポス」は「ユニード」の業態転換から1982年に開店し、1995年に閉店しました。

旧佐賀県警本部
国道264号線(通称“貫通道路”)を通るたび、レンガ造りの建物が頼もしく凜々しく見えていたものです。昭和の観光用絵はがきでも貫通道路の名物として見切れていたり、往時の佐賀で撮影が行われた「張込み」にも登場します。

佐賀駅の夕景
あの頃の夕暮れ時の、ちょっと急ぎ足な空気を思い出します。子どものころは「早くうちに帰らなきゃ叱られる」と、まるで追い立てられるような気持ちを抱いて走ったものです。それでも、親に守られて、不自由のない住まいと食事を与えられていた昭和の時間は、緩やかで暖かでした。

蒼天の佐賀駅
市街地に出向くにはバスを利用することが多く、駅を利用するのは遠方の親戚を訪ねるとき、という印象が強いです。駅を普段使いするようになった今でも、あの頃改札をくぐるときに感じた「そわそわ」と「わくわく」がまじった気持ちがふわりと思い出されます。あと、ちょっとだけ“よそ行き”の服がはらんだタンスのにおいも……。

佐賀駅 1956年(昭和31年) 〜春〜
この年の経済白書に書かれたことばが「もう戦後ではない」。1950年〜53年の朝鮮戦争特需をきっかけに高度経済成長期に入ろうとする日本の姿です。映画では石原慎太郎原作・長門裕之と南田洋子主演の「太陽の季節」が大ヒット。富士重工のスクーター「ラビット」はS61型あたりでしょうか。奥には日本乗用車の礎となった「トヨペット・クラウン」が停まっています。
このころの佐賀駅の名物は、なんといってもグリコの広告塔。なんと全高は18.7m と、「機動戦士ガンダム」ガンダムより背が高いです(18m)この塔は1958年の松竹映画「張込み」(野村芳太郎監督)にもちらりと映ります。

佐賀駅 1975年(昭和50年)〜 冬 〜
翌76年に「若楠国体」を控える冬です。このころ道路整備も進み、1974年に「北部バイパス」が兵庫町から牛津まで全面開通、1976年に「西部環状線」が完成しました。4月にサイゴンが陥落し64年から続いたベトナム戦争が終結するなど、時代の荒波が押し寄せるなか「沖縄海洋博」が行われたのもこの年でした。
土曜日の人気番組「Gメン’75」がこの年の5月に始まり、いまも続くスーパー戦隊シリーズの嚆矢「秘密戦隊ゴレンジャー」も本年4月より開始しました。
自動車の姿も輸送や移動の足としての用途からより第一次ベビーブーマーが免許取得世代となることから個人の嗜好が反映されたり、公害問題への対策が施されるなどより社会性を帯びたものとなりました。この旧佐賀駅舎は1976年(昭和51年)2月に100m北側の現在地に移転します。







