会社概要

社 名株式会社 佐賀玉屋

代表者代表取締役 社長 田中丸雅夫

所在地佐賀県佐賀市中の小路2番5号

事業内容百貨店事業
日本百貨店協会加盟
九州百貨店協会加盟

主要取引先 レナウン・三陽商会・オンワード樫山
イトキン・タカトー・セルコン等

沿 革文化3年(1806年)創業
昭和5年設立(昭和8年開店)
昭和40年 現在の所へ移転
昭和55年 南館オープン
平成4年  本館増床・オープン

営業所・武雄ショップ
・鹿島ショップ(ショッピングセンター ピオ 2階)
・吉野ヶ里ショップ



私たち佐賀玉屋は、「百貨店とは、地域の 皆様にたいして、生活に必要なモノだけではなく、さまざまな情報を提供していく役割を持たなければならない」と考えております。 そうした中、佐賀玉屋はお客様の立場に立った店づくりを推進し、地域のお客様から愛され親しまれ、頼りにされる地域密着型の新しい百貨店づくりを目指しています。 今後も、佐賀玉屋をご愛顧いただきますようお願い申し上げます。


略歴

文化3年(1806)田中丸市兵衛、牛津に荒物商を営む。

天保6年(1835)田中丸吉兵衛、家業を継ぐ。

嘉永5年(1852)田中丸善造(店祖、初代善蔵)生まれる。

慶応2年(1866)初代田中丸善蔵、14歳の時 家督を継ぐ。

3年(1870)田中丸呉服店、京阪の呉服問屋と直接取引。(現金取引)

7年(1874)熊本、長崎方面の呉服行商人が店頭価格で買い入れ行商するという珍現象がおきた。

8年(1875)呉服の小売業から呉服雑貨類の問屋「田中丸善蔵商店」へと「のれん」を切り替える。
田中丸吉兵衛逝去。

27年(1894)佐世保出張所開設。(卸問屋)

38年(1905)佐世保出張所を田中丸呉服店佐世保支店と改称。
二代目善蔵(24歳)責任者として赴任する。
食料品卸「佐世保用達合資会社」設立。
田中丸善蔵商店は牛津店に、卸部、小売部を置き、福岡県に羽犬塚支店開設。

43年(1910)田中丸合名会社設立。(資本金50万円)

45年(1912)
大正元年
初代田中丸善蔵、逝去。(享年61歳)
町の有志達により田中丸善蔵銅像建立。

4年(1915)二代目田中丸善蔵「南洋貿易株式会社」社長就任。
田中丸善八、「ウイリッツ商会」(サンフランシスコ貿易商)の社長就任。

7年(1918)二代目田中丸善蔵「南洋貿易株式会社」社長就任。
田中丸合名会社を継承し「株式会社田中丸商店」を設立。
牛津店卸部を同社の「総本店」とする。

9年(1920)佐世保で「百貨店」を開店。
九州で2番目、全国で第13番目の百貨店。

10年(1921)福岡市に織物卸問屋「田中丸株式会社」を創立。

14年(1925)百貨店「福岡玉屋」開店。(九州第3番目の百貨店)

3年(1928)福岡玉屋 下足預り制度廃止。「おハキモノのまま屋上まで」商店界の一大近代化。

5年(1930)牛津店を「株式会社玉屋呉服店」に称号変更。株式会社佐賀玉屋の創立記念日。(12月3日)

6年(1931)福岡玉屋、大拡張工事着手。(翌年11月完成)

7年(1932)二代目田中丸善蔵、逝去。(享年52歳)
弟善八が二代目 善蔵の経営権限を継承する。

8年(1933)取引先と玉屋の共存共栄を目的とした「玉屋会」発足。
日本百貨店商業組合設立。(百貨店30社)
田中丸善太郎、佐賀玉屋常務取締役就任。
12月17日「株式会社玉屋呉服店」佐賀市呉服町に進出。
百貨店「佐賀玉屋」開業。(九州第5番目の百貨店)
百貨店佐賀玉屋を開業するにあたり100名のショップガールを募集。
応募者は400名を突破する。
   売上高 376,000円 社員(男子)116名(女子)141名。
   佐賀市の人口48,774名。(昭和9年)

9年(1934)「株式会社玉屋百貨店」に社名変更
・男子独身寮を赤松町に設置。・女子独身寮を八幡小路に設置。
・玉屋の「松浦漬贈答用品」を開発し、オリジナルギフトの先鞭をつけ大人気となる。
・佐賀玉屋初の文化催事「赤穂義士伝宝物遺品展」開催。盛況を極める。
・中元期・歳暮期「無料配達」を実施。
・全館で全国中学校野球大会のラジオ実況放送を開始。
福岡、佐世保、佐賀玉屋、玉屋仕入店(京都)・4店共通の社員服務要領を制定。
出張販売開始 主な出張先(大川、若津・瀬高・武雄・鹿島・唐津・鳥栖)
・社内報「むつみ」発刊。

10年(1935)福岡、佐世保、佐賀三店共通の社内報「むつみ」を発刊。
社員数1,800名。
佐賀玉屋、中元商戦より贈答好適品を一同に集め「進物相談所」を開設。

12年(1937)佐賀玉屋5階増築。

13年(1938)小倉玉屋開店。

14年(1939)「支那事変国庫債券」を商品券売場で販売する。玉屋四店で海軍省へ海軍機2機(爆撃機・偵察機)を献納。

16年(1941)株式会社玉屋百貨店を各々独立。(株)福岡玉屋・(株)佐世保玉屋・(株)小倉玉屋(株)佐賀玉屋とする

17年(1942)福岡玉屋香港支店開設。

18年(1943)金属類の戦時供出。初代善蔵銅像(牛津)、玉屋エレベーターも撤去して供出。

20年(1945)終戦時 佐賀玉屋社員数男子13名 女子27名。佐賀玉屋5階特売場にて「不要品即売会」実施。
全館供出に伴い、呉服町の深川製磁店及び丸白屋呉服店跡に移転営業。
米軍進駐により4階ホールが米軍専用ダンスホールとして接収。

21年(1946)本館へ復帰、再開店。
佐賀県より「よい品を安く売る店」の指定を受ける。その場で当たる景品「スピード三角くじ」発売。

22年(1947)佐賀玉屋「親和会」(組合の前身)発足。社内報「あゆみ」発刊。
「孤児写真展」開催。孤児94名に愛の手が差しのべられ各方面の育児園に引きとられる。

23年(1948)振り袖訪問着など京呉服の自由販売。石炭展、防犯展、新生活展、新聞展など大型催事続々と開催。

24年(1949)2階衣料品倉庫、漏電により焼失。
玉屋のラッキーセール開催。(15人に一人はお買物がタダになる)戦後の新企画として顧客に大評判。
田中丸善太郎(福岡玉屋 副社長)逝去。(享年47歳)

25年(1950)第1回アメリカ中古衣料即売会開催。「文部省現代美術展」九州各地より観客が集まり大盛況。

26年(1951)伊勢大神宮秘蔵の国宝、重要文化財を一堂に集め「伊勢神宮宝物展」開催。
新企画「蚤の市」好評を博し、名物行事となる。

27年(1952)中元期に初の学生アルバイト採用。第1回北海道物産展。(4階催場で開催)

28年(1953)5階増築完成。食堂営業再開。戦時中供出で閉鎖中のエレベーターを運行開始。

29年(1954)女子バレー部第9回国民体育大会佐賀県大会優勝。(創部2年目)

30年(1955)県警発足1周年記念「防犯展」大盛況。

31年(1956)佐賀玉屋友の会発足。従業員、家族合同慰安会を佐賀劇場で開催。全館冷房開始。

33年(1958)人事職制を3段階から4段階制となる。玉屋創業150周年記念式典。

35年(1960)玉屋店歌改定(持田勝穂詩・森脇憲三曲)

36年(1961)田中丸善次郎、佐賀玉屋取締役社長就任。「親和会」を「佐賀玉屋従業員組合」に改称。

37年(1962)県下7・7大水害による鹿島地区の被害家庭に、古着を買上げ寄贈。
開店30周年記念式典。佐賀市商店街の「七夕祭り」賑わう。

38年(1963)社内報「ありあけ」発刊。田中丸善八相談役、藍緩褒章受賞。

39年(1964)田中丸善次郎社長、九州百貨店体育連盟会長に就任。

40年(1965)呉服町から中央大通りへ佐賀玉屋新築移転。開店記念大売り出し。
食堂部が玉屋食品株式会社の経営となる。

41年(1966)玉屋創業160周年記念式典(於 福岡九電記念体育館)
田中丸善八相談役、勲四等瑞宝章受賞。玉屋健康保険組合25周年。伊万里玉屋開店。

42年(1967)福岡玉屋全館大改装完成。

43年(1968)佐賀玉屋勧銀跡地を買収、駐車場として使用。佐賀玉屋本館の別館を4階から5階に増築。
佐賀県下中学校99校へ最新大型世界地図を贈呈。

44年(1969)呉服町の旧店舗(閉鎖中)を売却。牛津町の発起で、初代善蔵胸像建立。長崎玉屋開店。

45年(1970)7階増築ファミリー食堂完成。各階内装工事完成。エスカレーター、5〜6階1基増設。

46年(1971)ハイランドグループ結成。シスター制発足。玉屋創業165周年記念式典、(於 福岡九電記念体育館)
田中丸善次郎社長佐賀商工会議所会頭就任。玉屋前交差点、スクランブル交差点となる。

47年(1972)ハイランドグループの第1回欧米研修に社員派遣。開店40周年記念式典。(於 佐賀玉屋・7階)
3階にローズルーム開設。「肥前陶窯三右衛門展」開催。

48年(1973)田中丸善八相談役、逝去。(享年78歳)
オール玉屋合同社葬(於 福岡九電記念体育館)
第1回世界の宝石展、社員特別販売開催。

49年(1974)佐賀玉屋流通センター完成。「むつみ会」発足。FCビル(ニューサガビル)に「家具サロン」出店。
アメリカンファミリーのガン保険販売開始。

50年(1975)全館防災工事完成。中央大通り進出10周年記念式典。(於 佐賀市民会館)

51年(1976)ギフトギャラリー鹿島(外商部出張所)オープン。ホテルニューオータニ佐賀にローズショップオープン。(1階・地階)
消費者相談コーナーを開設。玉屋創業170周年記念式典。(於 佐賀市民会館)
田中丸善次郎社長勲三等瑞宝章受賞。

52年(1977)田中丸善次郎、代表取締役会長就任。田中丸吉次郎、代表取締役社長就任。
会長、社長就任記念として佐賀市へ「広報車」を寄贈。ゴールデンローズカードを発行。(利用限度額10万円)
第1回佐賀の大せいもん開催。(百貨店、スーパー、商店街合同企画)

53年(1978)佐賀玉屋流通センター増築(約1,250崛床)
東京生命佐賀支社跡地買収。佐賀玉屋増床申請7,229屬紡个6,400屬竜可。
国際児童年を記念し神野公園へ東屋1棟寄贈。

55年(1980)新館新築オープン。本館の全面改装。記念行事「田中丸コレクション展」開催。
佐賀玉屋デザイナー中森和子全国最優秀グランプリ大賞。本館1階にロッテリアオープン。

56年(1981)玉屋創業175周年記念式典。(於 佐賀玉屋流通センター)
新館屋上にメリーゴーランド設置。
「トロワローズ」オープン(旧家具サロン跡)

57年(1982)田中丸善次郎相談役、佐賀新聞文化賞授賞。
玉屋自走式立体駐車場完成。(3階建 収容台数約200台)
創業175周年記念大体育祭開催(県総合運動場)
マイスターショップ1号店「コットンショップ」オープン。

58年(1983)田中丸吉次郎、名誉会長就任。田中丸善司、代表取締役社長就任。
佐賀玉屋施設棟(プレハブ2階建)建設。タマヤばらカード発行。

59年(1984)武雄出張所オープン。

61年(1986)田中丸善輔福岡玉屋相談役、逝去。(享年81歳)
玉屋創業180周年記念式典、大運動会開催(於 佐賀勤労者センター)

62年(1987)全館リニューアル第一期完成。

63年(1988)全館リニューアル完成。


元年(1989)バルーン、玉屋ローズ号飛行。

2年(1990)プリペイドカード「ローズギフトカード」発売。

3年(1991)全館オールリニューアル計画、全社大会。(於 佐賀市民会館)
トロワローズにサンアイショップオープン。
玉屋創業185周年記念「大運動会」開催。(於 佐賀県文化体育館)
山下清没後20年特別展。大盛況。

4年(1992)新人事考課制度導入される。本館クロスエスカレーター完成。
多久シヨッピングセンター「コーリー内にギフトサロン」オープン。
全館リニューアルグランドオープン。(日生ビル増床)
アグネスチャンの一日店長大好評。玉屋⇔ 駐車場送迎バス運行開始。

6年(1994)佐賀玉屋「取次店」制度の発足。

7年(1995)鹿島ショップ移転オープン。
田中丸善司、代表取締役会長就任。岩永常四郎、代表取締役社長就任。
佐賀玉屋労働組合、環境美化功労団体として佐賀県知事より表彰。
全国百貨店共通商品券誕生。田中丸善次郎、逝去。(享年89歳)(佐賀文化会館にて社葬)

8年(1996)バルーン「玉屋ローズ号2」新しく誕生。英国前首相マーガレット・サッチャー女史「英国展」で来店。
佐賀市鍋島町に「玉屋鍋島ショップ」新築オープン。POS対応型レジ導入。

9年(1997)本館エレベーター新機種導入。

10年(1998)「武雄ショップ」武雄バイパス沿いへ移転オープン。有明佐賀空港に「佐賀玉屋空港ショップ」出店。

11年(1999)アメリカンファミリー「ガン保険」代理店開設。
本館西側角地購入取得。中の小路産業株式会社設立。
佐賀市東部環状線沿いに「兵庫ショップ」新築オープン。
田中丸吉次郎、逝去。(享年82歳)
福岡玉屋閉店。

12年(2000)玉屋よかとこふるさと館(中の小路産業株式会社)新築オープン。
歩行者天国「陣幕茶会」イベント大好評。

13年(2001)外商部に「ローズスタッフ」導入。
石川隆康、代表取締役社長就任。

14年(2002)水前寺清子、山本リンダさんを招いての呉服催事は大盛況。
兵庫シヨップで「新鮮朝市」月一回開催。
佐賀玉屋物流センター売却。
流通部門を日本通運にアウトソーシング。
本館1階・南館1階・2階リニューアル。
ポイントカードを発行。小倉玉屋閉店。

15年(2003)田中丸善亮、代表取締役社長就任。
岩永常四郎、逝去。(享年74歳)

16年(2004)本館屋上部分増床。本館7階「和のフロア」オープン。
兵庫ショップ閉店。

17年(2005)本館3階婦人服フロア全面改装。

18年(2006)玉屋創業200周年を迎える。
本館4階にローズサロンオープン。南館アーケードに横浜・元町「ポンパドウル」オープン。


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